「やっと取り戻せた歌と笑顔」

1億5,000万枚のCD。全米1位15曲。彼女の美声に、どれだけの人が励まされたことか。しかし彼女自身は歌と笑顔を忘れかけていた・・・。「1年前はすべてがコントロール不可能な状況に陥っていた」。不遇な子供時代、過酷なスケジュール、差別や中傷・・・。世界一のディーヴァが笑顔の裏側を告白してくれた

Marie Claire (JP) February 2003. Text by Nami Sezawa.

マライア・キャリーをとりまく状況を、ちょっと整理しておこう。女性アーテイストの世界最高売上げを記録し(世界トータル売上げが約1億5,000万枚!!)、全米ナンバー1シングルは15曲。これはビートルズとプレスリーに続く第3位。細かく受賞ジャンルがカテゴライズされるアメリカの数々の音楽賞で、ソウル/R&B部門とポップ/ロック部門に同時にノミネートされるのも、この人ぐらいのものだろう。

書ききれないほどの記録を持つマライアの、その才能については、もはや改めて言うまでもない。ただ、見落としてはいけないことがひとつある。マライアを現在の場所に押し上げたもうひとつの理由は、彼女自身の努力マライアの仕事熱心さだ。そう、彼女はその真面目さゆえに、昨年は疲れ切っていた。「1年前は、すべてがコントロール不可能な状況に陥っていたと思うの。なぜなら・・・・・わたしは働きすぎで、走りすぎてて、それが根本的な問題だったわけ。わたしがいろんな仕事をしていると、周りの人は『あら、マライアったらハッピーなのね』と思い込むのよね。わたしが笑いながら人と話したりしているのを見て、安心していたんでしょうね。でもそれは、単にわたしが礼儀を重んじる人間だからなの。・・・・・・そもそもわたしは、幼い時から家族の中で親のような役を担っていたのよ。最年少だったにもかかわらず、いつもみんなの面倒を見る羽目になっていた。そして、自分のことはおろそかにしちゃうのよ。そういう風に育って、そういう役割に慣れてしまっていたために、いつまでもその習慣から抜け切れなかったのかもしれないわ」

『最新アルバム『チャームブレスレット』の話をしながら、マライアはそう自分自身を振り返る。ニューヨークのスタジオは、マライアが登場したとたんにパッと空気が華やいだほど。そんな豪奢なオーラを持ちつつも、驚くほどのこまやかさで周囲の人間にいつも心配りをしているマライア。本当に、丁寧な人。 彼女はあの、特有のはにかんだ笑顔を浮かべで、こう続けた。「あれほどのハードワークを続けながら自分の面倒を見ないでいると、結局体のほうが音を上げて、肉体的に限界に達してしまうのよね。単にそれだけの話なのよ。マスコミが書き立ててたことなんか、全部ウン。自殺未遂だなんて報じた新聞もあったけど、わたしはこう言ったわ。「冗談じゃないわ!わたしの宿仰心は強すぎるし、スピリチュアルすぎるから、そんなことはありえない。神を畏れる人間には自殺など絶対できないのよ」と。わたしに必要だったのは、ただ3日間ほど続けてることと、あとは放っておいてもらうことだったの(笑)」

前- 例がないほどの成功をその掌中にしたからこそ、マライア・キャリーをめぐる誤解は多い。たとえば、デビュー作から最新作の『チャームブレスレット」にいたるまで、彼女が一貫してすべての楽曲を書いていることを、世界中のどれほどの人が知っているのだろう。「人々は声が大きいアーティストに対して先入観があるし、視覚的にもわたしを見て真っ先に『プロデューサー/ソングライター』という言葉を思い浮かべることは、滅多にないでしょうね。多分みんな、『マイクの前に立つディーヴァ』を思い浮かべるはず(笑)。でも、もしもわたしがピアノを弾いたりギターを抱えていたとしたら、そしてボマー・ジャケットにブーツなんて出で立ちだったらどうかしら(笑)。それって、本当にバカげてるわ。女性差別的でもある。わたしが思うに、これって・・・・・・わたしたちの社会に蔓延するシンドロームというよりほかないのかも。でも、ファンさえ知っててくれたらいいの。そう、ファンはみんな知ってるわ」

達観、とでもいうのだろうか。実際マライアは、現在の自分自身をあらわす言葉をきいた時、「前より強くなった(stronger)」と呟いた。私はくじけない、何が起こっても大丈夫ーそう切々と訴えかけるアルバム先行シングル「スルー・ザ・レイン」のメッセージは、つまりそういうことなのだろう。「もちろん、まだ弱さもあるけど。でも、わたしは6歳の頃から強くあることを求められてきたから、これからも大丈夫よ

4歳の頃から歌いはじめるようになったマライアが、辛い時、苦しい時に音楽に助けられていたことは、想像に難くない。先日の来日記者会見でも、マライアは歌うことで元気づけられ、痛みをやりすごすことができたと話している。音楽によって物事をポジティヴに転換することの大切さを知っているからこそ、彼女は新作『チャームブレスレット』が、困難を抱えている人にとってのインスピレーションであってほしいと願っている。「わたしの場合、『彼女ってブラック?それともホワイト?』と揶揄されたり、あれこれ憶測されてずっと苦しんできたわ。いつも誤解されてるように感じてた。でもね、ここにきて何が幸せかっていうと、今のわたしは、自分が何者なのかわかっているのよ。それさえはっきりしていれば、ほかに何もいらないわ。そしてファンがわたしの音楽を愛してくれるのなら、もう、それで充分」

レコード会社を移籍し、自身のレーベル「モナーク」を立ち上げて新人ミュージシャンのプロデュースもスタートさせるマライア。レーベルのビジネス的な面は借頼できるスタッフに任せられるから、クリエイティブ面に集中できると嬉しそうに話す姿を見ていると、音楽の神様がどうして彼女をこれほど愛したのか、その理由が分かった気がした。つまり、彼女自身が「音楽」という表現に、私たちの想像をはるかに超えて、全幅の情頼を置き続けてきたからなのだろう。幼い頃からずっと。「わたしは今、自分がいる場所にすごく満足しているの。でも、ロウがなければハイもないし、バッドなくしてグッドはありえない。 涙があるからこそ、微笑みが待っているのよ。そうでなければ、単一のエモーションだけで人生を生きることになってしまう。だからいろんな経験をするのは、いいことなのよ。わたしの場合、子供時代からものすごくタフな環境にいたの。家庭でも、かなりキツい状況を目にしてきた。わたしの人生は、楽なものじゃなかった。でも、お金があっても楽な人生を送れるとも、有名人だから幸福だとも限らない。不幸は豪邸もあばら家も区別することなくドアをノックするのよ」

だから、人生を精一杯楽しみたいわ~そう言ってまた、マライアは微笑んだ。