さて、いくつかある『ディドリーム』のハイライトの中で、新しさという点で注目されるのがストリート・ミュージック(ヒッフホッフやハウス・ミュージック)の感覚をマライアが取り入れていることだろう。昨年秋の段階で、すでに録音が始まっているニュー・アルバムではヒップホッフ系のプロデューサーとも組んでいることが、マライア自身から明かされていた。ポップスの王道を行くマライアとストリート・ミュージックの組み合わせは、正直、意外に思えたのだが。
「今までの私は、わりとバラード中心のイメージだったでしょう?もちろん、今でもバラードは私の大切な一部だけど、今回はアップテンポの曲にも焦点を当ててみたかったの。だって私はあらゆるタイプの音楽が好きなんですもの。最近はとくにヒップホップをよく聴いてるわ。それで、私の歌を下から支える※サウンドにヒップホップのビートを溶け込ませてみたわけ。新しい試み、ね」
その試みは、今のブラック・ミュージックの主流であるヒッフホッフ・ソウル(ヒッフホッフとR&Bとの記合)に通じるものとも思える。その意見には彼女も賛成のようだ「ええ、メアリー・J・ブライジやTLC、SWV、エクスケイプなんかは大好きよ。だから、影響を受けてないとは言えないでしょうね(笑)。でも、ミュージック・ボックスに入ってる「ドリームラヴァー」で、私はすでにヒップホップ・ビートを取り入れてるわよあの時のディウ・ホールとの仕事を、さらにもう一歩進めてみたってわけなの」
それがファースト・シングルの「ファンタジー」さらに、クリス・クロスやエクスケイフのフロデューサーとして絶好調のジャーメイン・デュフリを2曲で起用している。
「クリス・クロスを聴いた時からジャーメインのファンになって、エクスケイプを聴いてミの人とコラホレイトしてみよう”と思ったの彼の作るサウンドは、スローなのに特別なファンキーさと独特のグルーヴ感があるのよね、で、”このサウンドに私のウォーカルを乗せれば、普通とは違うものが作れるはずだ”って考えたわ。人のCDを聴く時でも、いつもそんなことを考えちゃうの。普通、こんな聴き方する人、いないわよね?(笑)でも、ジャーメインやデイヴ、そしてデウィッド・モラレス(ハウス・ミュージックの有能なクリエイター)と組んで、私の歌にも音楽全体にも新しい表情が生まれたと思うわ」
マライアほど安定したビッグ・セールスを計算できるアーティストが新しい試みをするということは、リスクを背負うことでもあるしかし、そうした試みが自分の音楽を前進させると彼女は言うのである。それを“マライア流のポップな実験”と呼ぶことにしよう。」「そうね。実験ばかりで、ファンを失望させるわけにはいかないものね。だから本当の意味での実験は12インチ・シングル(アメリカでは「ファンタジー」の9ミックス入りアナログ盤が出ている)のほうを聴いてみて!」こうした優れたバランス感覚は、マライアのプロデューサーとしての成長を物語るものだろう。そういえば今回は、プロデューサーが作ったバックトラックにヴォーカルをダビングする従来の方法ではなく、新しいレコーディング方法をとったのだという。
「スタジオの中でプロデューサーと一対一で向き合い、一からバックトラックを作っていったわ。サウンドの土台作りから最後の仕上げまで、すべて共同作業。そうすることで、曲を書いた時のイメージよりずっと音楽的ヴィジョンが広がっていくのをはっきりと感じたわ。とてもいい経験だったわね」
新しい試みは、何もサウンド面の新しさの追求だけではなかったのだ。その結果、彼女の持ち味であるバラードにも、それぞれ実に多彩な表情が生まれている。王道のポップ・バラード、70年代ソウル風、ゴスペル、60年代のオールディーズを彷彿とさせるバラード、超売れっ子ベイビーフェイスとデュエットしたセクシーなブラック・バラードなどなど。なかでも、ジャーニーの82年のヒット曲「オープン・アームズ」のカヴァーは意外だった。
「この曲を聴くと7年生(日本の中学1年)の頃を思い出すのよねぇ。まだ13歳の子供だったけど、早く大人になりたくて背伸びしてたわ(笑)。夜、窓から家を抜け出してクリスティっていう友達の家に泊まりに行った。そこでよく聴いたのが、この曲だったの」
思い出の曲というわけですね。そういえば「ファンタジー」でサンプリングしているトム・トム・クラブの「ジニアス・オブ・ラヴ」も82年の曲。これはただの得然なのかな?
あら、初めて気がついたわ(笑)。やっぱり13歳の頃に一番、音楽を積極的に受け入れていたんでしょうね。13歳というのは人生に目覚める頃で、自分というものが形成されていく特別な時期なのよね」
その思いの表れなのか、マライアはニューヨークの貧しい地区で育つI2〜13歳の子供たちのために”キャンプ・マライア”という催しを積極的にバックアップしている。
「ストリートからは素晴らしい音楽も生まれるけれど、それ以上に心を痛めるような事件が毎日起こっているのよね。そういう環境で育つ子供たちは、自分の置かれた環境の中でしか人生を考えられないかもしれない。彼らが、様々な職業プログラムを通じて人生にはいろんな道があることを知るこのキャンプは、とても意味深いものよ。そこに自分がかかわれるのは大きな喜びなの。それに、彼らと遊ぶのは、とにかく楽しいのよ(笑)」
マライアの視点が広く開かれていることを感じさせるエピソードだと思う。それは、アルバムの中で最も印象的な「ワン・スウィート・デイ」からも伝わってくるように思える。身近な人の死をきっかけに、同じ思いでボーイズIメンと共作、デュエットしたドラマチックなバラードだ。僕はこの曲から死は最終的な別れではなく、それは永遠の愛へと生まれ変わるのよ”というマライアのメッセージを感じてしまうのだ。
「まさに、そのとおりよ。とても悲しい歌だけど、同時に、うちひしがれた心を力づけてくれるような感情もこもっているんじゃないかしら。私は、どんな悲しみの先にも必ず希望があると思ってる。たとえ小さくても、希望があるから人は悲しみを乗り越えて生きていけるのよね。私自身も、ずつと音楽に支えられて生きてきたように思うの。だから私も、人々を勇気づけられるような、希望となるような歌を歌っていきたい。もし私の歌が、人生の様々な局面を乗り越える力になれたとしたら、こんな嬉しいことはないわ」
あぁ、なんかいい話。音楽的にも人間的にも、マライアは確実に成長している。そんな彼女のありったけのエンターテイメントと温かい心がこめられた『デイドリーム』、う~ん、完璧なポップ・アルバムですね。