たまたま、来日中の彼女が「ニュースステーション」にゲスト出演しているのを見た。彼女はすっかりリラックスしていて、彼女の大ファンという小宮悦子が緊張気味なのと好対照だった。この番組で、初めて彼女が歌う姿を見たのだが、いやはやその楽しそうな歌いっぷりに感心した。「そりやまあ、七オクターブも声が出てこんだけ歌がうまけりゃ、楽しいわな」といわれればそれまでだが、彼女はカラオケ・ボックスでマイク独占してすっかり悦に入るちょっと歌のうまいOLなんかじゃないのである。あくまでも仕事で日本にやってきて仕事でテレビに出て、それでこれだけ楽しげに歌ってられるんだから、これはもう根っから歌が好きに違いないと、思ったのである。いい意味で「歌バカ」。
じつは私は彼女を小柄な人だと思い込んでいた。音楽雑誌やCDのジャケット写真を見る限り、彼女の醸しだす雰囲気は、スティーヴィー・ニックスとか、シンディ・ローパーといった小柄年齢不詳歌手系列、つまり「妖精タイプ」であった。背中に羽根が生えてフワフワ飛んでいってしまいそうな感じがしていたのだ。しかし、実際は一七三センチもあるそうで、しかもよく見ると胸のあたりはぐいと追り出し、なかなかのプロポーションではないか。グラマーな妖精.......こんな言い方はちょっと形容矛盾のようにも思えるが、ここにこうして存在しているのだから仕方ない。
新しいCDにハリー・ニルソンのヒット曲「Without You」のカヴァーが収録されていて、この曲の入ったLPを擦り切れるほど聴いた二十年前にタイムスリップさせられた。ちょっと酒乱ぽいニルソンが切々と歌いあげた名曲を、彼女はフワリと歌いこなしている。「擦り切れるほど聴く」なんて決まり文句は今や死語になってしまったが、とにかく繰り返し聴かずにいられない魅力を持った歌手に違いない。
一九九〇年のデビューアルバム「マライア」を六百万枚売りあげ、グラミーを始めとして数多くの賞を獲得し、一曜スターダムにのし上がった、マライア・キャリー。一方では、二十三歳にして、ソニーレコード社長のトミー・モトーラ氏の社長夫人でもある。
誰もがうらやむ現代のシンデレラ・ガールは一九七〇年、ニューヨークで、アイリッシュ系の母親と、ベネズエラ人の父親の間に生まれる。決して裕福な家庭ではなかったが、オペラ歌手だった母親の影響で、三歳の時から歌手を目指し、歌、作曲、アレンジなど様々な勉強を重ねた。
「ハイスタール卒業後は、昼はマンハッタンでウェートレスをし、夜はスタジオワークに励みました。四時間くらい睡眠をとってまた同じことの繰り返し」。そんな折り、あるパーティで偶然出会ったトミー・モトーラ社長に渡したデモ・テープが彼女の運命を変えた。十八歳で念願のデビュー。デビューアルバムに続き、リリースした六曲のシングル総てを全米トップ5に送り込んだ。そして結婚。結婚生活について聞かれると、
「もちろんお手伝いさんもいるし自分で料理もするけど、トミーも素晴らしい料理人なのよ」とおのろけ。オフには、ペットの動物たちと遊んだり、水泳したり、遊園地でローラーコースターに乗ったりするのが楽しみな二十三歳の女の子でもある。
今年九月、三枚目のアルバム「MUSIC BOX」をリリース、シングルカットされた「ドリームラヴァー」は早くも全米一位を獲得。十一月からは初の全米コンサートツアーも始まった。近いうちに日本でもコンサートツアーをしたいと意欲的である。
「私はラッキーにも比較的短い期間で夢を達成できたけど、もしチャンスに恵まれていなかったとしたら、やっぱり今もウエートレスをしてあきらめずに音楽を続けていたと思う」。シンデレラ・ストーリーの裏のハングリー精神がチラッとのぞいた。